昭和の化石の英語教室

昭和の終わりに日本を離れたラッキーな老人の英語教室

「ネイティブ」の言い方を覚えるのが良くない場合。

私は今中国にいるんですが、中国語は得意でないので、学生さんとは英語でしゃべります。彼らは英語圏への留学を目指している人が多くて、私と英語の練習をしたいのでしょう。

 

昨日そんな学生さんと世間話をしていて、一つ気になったことがありました。李さん(仮名)が "wanna" (= "want to") とか "gonna" (= "going to") とか言うのです。確かに、"wanna" "gonna" はアメリカでは全く自然な言い方で、何か特別の理由* でもない限り、誰も "want to" "going to" とは言いません。

*強調する場合とか、エリザベス女王の英語を真似してふざけているとか。

 

ところが、李さんのような英語の中級者が、このようなネイティブの表現を混ぜ込むと、そこだけ浮き立ってしまいます。日本語で言うとちょっとこんな感じです。

「きのう、わたしたち(「は」の間違い)東京に行きました。そんでさ、友達(「に」の脱落)あったんです。」

言いたいことは十分通じます。が、日本語ネイティブなら、この人の日本語レベルはすぐわかります。そのレベルと「そんでさ」が噛み合わないので、不自然に聞こえます。「それで」とか「そこで」だと、こういった不自然さは感じません。言葉って、不思議ですね。

 

「ネイティブ」ではそうは言わない、こう言うんだ、と教える方はたくさんいます。そういう言い方を習うと、使ってみたくなるのはわかります。

 

しかし、私はこれはちょっと危険だと思っています。「ネイティブの言い方」はネイティブにとってはもちろん自然ですが、カタコト英語の人が使った場合、「不自然」になることもあります。それに「ネイティブの言い方」は、良い意味ではフレンドリー、悪く言えばちょっと砕けた言い方が多いので、時と場合によると、失礼になることがあります。

 

私は、自然な言い方というのは、英語に慣れていけば、別に教えなくても徐々に身についていくとおもいます。私の場合、"wanna" "gonna" はそうでした。まだそこまで英語に慣れていない段階で、こういった言い方を教えるのはどうかとおもいます。リスクの方が恩恵より多いとおもいます。私の全く個人的な意見ですが。